並行世界(パラレルワールド)が存在する意味を考える

過去は変えられるのか

過去は変えられるのか?

この素朴な疑問はとても重要な意味を持っていました

科学は日々進歩しており、並行世界(パラレルワールド)もあるという物理学の仮説が出てきています

パラレルワールドと聞くと例えば平成がずっと続いていたらなど大きな物事の変化と捉えがちですが理解するにはもっと些細な観点から捉えることが重要です


パラレルワールドに入り込む可能性

ある日、深夜2時くらいに寝たとしましょう

深夜2時ジャストに眠ったのか

1秒ずれて2時1秒に眠ったのか

1分ずれて2時1分1秒に眠ったのか

これは些細なことで大きな変化はありません

このとき他人が時間を計っていた、カメラで観測されていたとしても、観測したデータを誰かが遠い未来にすべて掘り起こし、観測し直さない限り確定はできないのです

これくらいの誤差だとパラレルワールドに入り込んでも、戻ってきたとしてもわからないでしょう

仮に分岐したとしても劇的に世界が変わるわけではありません

例えば今この瞬間、唐突にソビエト連邦が存在するなどといった過去の大きな改変に遭遇しない理由になりそうです

仮に大きな変化を起こした場所に唐突に迷い込んだなら、確実にそこに自分の心の居場所はありません


精神は異なる世界へ行ける可能性を帯びる

人の精神だけが切り離されてパラレルワールドに行き来することはありうるかもしれません

夢なようで夢ではない、自分の思い通りには動かず明らかにこの世界と同じ理屈で動く鮮明な世界に入り込んだことがありませんか?

そこはパラレルワールド、または過去の記憶かもしれません

並行世界は多様な文化を持ち価値観も異なります

それら違和感には気付けてもその世界における自らの過去はわからない、またはその世界における過去を記述した日記や夢の中の夢で知ることが可能な場合があります

いずれもこの世界とは似て異なる世界で自らの願望が反映されているわけでもなく、否定されているわけでもないのです

精神のみが移動しているとき、その世界にあるSNSやカメラのようなものでいくら必死にこの世界へ情報を持ち込もうとしても持ち込めません

そもそも、言語が異なっている場合は厄介で文字はぼんやりとしかわからなかったりまったくわからなかったりします

証拠を持ち出そうとすればするほど思考を止めさせられるような重たい感覚が強くなっていきいずれこの世界に引き戻されます


過去を観測することで並行世界の手がかりを見つける

自らの過去を観測することによって何が起きるのか

それは自身がこの世界において生きたことを証明することに繋がります

人の過去が変動し不安定ならば、他者との会話すら成り立たないはずです

例えばAさんは大地震で日本そのものが崩壊した過去を過ごし、Bさんは大地震がない日本という過去を過ごしたなど辻褄の合わない会話が日常的におきたりしませんよね?

このことから少なくともいまこの世界でこの瞬間話せる人とはほとんど同じ過去を共有しているのです

再び未来をみてみましょう


未来は分岐するのか

人によって未来はまるで絶望的、または無限のように感じるかもしれません

人はなにかをしたいと思い努力を諦めないとき、その願いが叶う可能性を秘めています

それは無限の可能性

IT企業で働く私、農業をする私、失職して浮浪者になる私…

パラレルワールドというとそのような無数の未来があってもおかしくありません

実際あり得るのですがさきほどの話の通り、この世界とかけ離れた現象にはなり得ません

逆にこの世界に限りなく近い世界には気付かずジャンプしているのかもしれません

未来は多様に分岐する可能性を持ちますが精神も肉体もまったく違う未来に持ち込むことはさきほどの過去の話がひっかかりできないと考えられます


過去は未来を狭め確定していく

過去は今の連続の痕

今何するかが未来を狭めていきます

例えば貴方はWEBデザイナーになりたいとしましょう

必死で今WEBの勉強をしようとしている、または、しているはずです

その時点で貴方の未来は狭まっている、言い方を変えれば確定していこうとしているのです

未来を見据えず怠惰に過ごしたなら、貴方自身に何か起きるわけではなく周囲に様々な出来事が起き、それが貴方の心に影響し年月が流れていきます
やがては周囲の出来事により貴方の心が何らかの方向性を帯び何か行動に起こすことでしょう

何をしてもしなくても、干渉が起きる限り未来は狭まり確定していくのです

また、WEBデザイナーになったあと転職を思い立ち八百屋さんになったとしてもそれはやはり貴方の意思が未来を狭め確定していったと言えます


繰り返す過去と未来

さて、このように人は今を生きながら過去を作り未来を狭めていきます

では、未来の先はどうでしょう

他者から見て理不尽とも思えるような事件、事故がこの世界では起きます

ですが、どの事件、事故ひとつとっても無駄になっていることはないのです

人の命には使命がありそれを遂行することが目的なのだと言えます

過去を変えたいといった願望は叶う可能性があるのです

命を一度終えたとき、また命が始まり今一度人生を繰り返します

また似た境遇、似た環境で、似た人生を辿ることでしょう

ところがここには改善の余地が含まれる可能性があるのです

ふと、このままではいけない

そう思ったことありませんか?

人は人生を繰り返しながら似たパラレルワールドへ赴き少しずつ変化していくのかもしれません

そうやってメビウスの輪のように人生はさも永遠に繰り返していく…


メビウスの輪から抜け出す

循環する人生は、やはりかけ離れた人生とは言えず、繰り返す中で少しずつ修正をかけていき、いつしかその輪から抜け出そうという意識が芽生えます

それは、人生を終えること

永遠の無へ還ることです

生まれたモノが終えることができる唯一の方法なのです

生きることは業の連続

“行為は必ず結果をもたらし、現在の事態は必ず生む行為を過去にもっている”とはインドの思想

ですが、この大昔の思想は真理なのでしょう

幸福には様々な形がありますが、行き着く最後の幸福は

二度と輪廻転生しないこと

使命を完全に終われることなのです


パラレルワールドが存在する意味

パラレルワールドが存在する意味は、生命の度重なる繰り返しにあるのかもれません

人は何度も人生を繰り返すことで欲望を捨てることを意識しはじめます

108の除夜の鐘は前世、今世、来世に渡る108の煩悩の数を意味します

日本における仏教もまた無へと至る方法を説いており、日常に深く刷り込まれているのです


終わりに向けて繰り返す

すべての煩悩を無くしたいと思うのは、無限に繰り返される欲望における果て

煩悩が勝ったまま死期を迎える人は、まだまだおびただしい数人生を繰り返すのです

それは誰しもが必ず通る道

そしていつしか煩悩を捨てることに目覚めはじめる

そんな時、幸福の所在、不幸の所在、幸福と不幸は引き寄せることが出来、捨てることもできると悟るのです

どのように生きてもこの道に必ず進むことがパラレルワールドが存在する意味ともいえるかもしれませんね

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